2018.06.23

パラレルキャリアの可能性 法政大学大学院 石山恒貴教授

1.はじめに

 

パラレルキャリアという言葉が注目されています。パラレルキャリアという考え方には、従来の日本社会の硬直的な一面を変革する可能性があります。個人が社会貢献、地域活動、学び直しなどに、容易に取り組むことができるようになるのです。そこで、本稿では、日本におけるパラレルキャリアの実態と可能性について述べていきたいと思います。

 

 

2.パラレルキャリアとは

 

パラレルキャリアという言葉は、「兼業・副業」という意味で使われることが多いようです。しかし、本稿では、パラレルキャリアの意味をもっと広くとらえます。

 

図表1 職業生活(職業キャリア)と人生(ライフキャリア)

出所)NPO法人キャリア権推進ネットワーク『ブックレット キャリア権を知ろう』
 
そもそもキャリアという言葉自体の意味が多様です。とりわけ、キャリアを人生そのものを意味するライフキャリアと考えるのか、職業に限定した職業キャリアと考えるのか、この違いは重要です。職業キャリアを前提とすれば、パラレルキャリアとは複数の職業に同時に従事すること、つまり「兼業・副業」を意味することになります。

しかし、職業キャリアは、実際には育児、介護、病気などさまざまなライフイベントの影響を受けます。そう考えますと、図表1のように、職業キャリアは人生(ライフキャリア)に含まれる、と考えることもできるでしょう。

キャリアという言葉が人生(ライフキャリア)を意味するのであれば、パラレルキャリアとは、人生の複数の役割を同時に行うこと、という意味になるでしょう。パラレルキャリアという考えはピーター・ドラッカーが『明日を支配するもの』の中で示しました。ドラッカーは、本業として従事する職業のほかに、教会やガールスカウトの支援などの社会活動を行うこと、つまり人生の複数の役割を同時に行うことを推奨しました。

ドラッカーがパラレルキャリアを推奨した理由は、社会の知識労働化が進展したからです。知識労働が進展すると、労働者は生涯にわたって、企業の寿命や定年年齢よりも長く活躍できるようになります。そのような社会では、職業だけが人生の選択肢ではないため、社会活動を同時に行うことが人生の充実につながるわけです。このようにドラッカーは、人生100年時代を見越して、パラレルキャリアを推奨していたのです。

 

 

3.パラレルキャリアの対象者

 

パラレルキャリアを行う人は、ポートフォリオ・ワーカーと呼ばれることがあります。ポートフォリオ・ワーカーについては、チャールズ・ハンディが、『パラドックスの時代』の中で詳しく説明しています。

ハンディは、人生には4つのワークがあると考えました。4つのワークとは、賃金を得る「有給ワーク」、家庭の維持保全を行う「家庭ワーク」、コミュニティや社会に貢献する「ギフトワーク」、継続的に学びを深める「学習ワーク」を意味しています。ハンディのいうワークは、職業を意味するのではなく、人生の役割、と考えたほうがよさそうです。

 

図表2 ポートフォリオ・ワーカー

 

出所)ハンディの4つのワークの考えに基づき筆者作成

 

従来の日本社会の硬直的な一面は、主に男性正社員という存在の人々が、長期にわたって「有給ワーク」だけに集中してきたことに象徴されるかもしれません。本来、人生には4つのワークの可能性があるのに、長時間労働や転勤により時間と空間を拘束され、人生の大半において「家庭・学習・ギフトワーク」をほとんど担わない、という状況は、筆者にはいびつに感じられます。

ある時期は1つのワークに集中してもいいが、人生全体のなかでは4つのワークをうまく組み合わせ同時進行させる、これがポートフォリオ・ワーカーであり、パラレルキャリアなのです。そのため、パラレルキャリアの対象者(ポートフォリオ・ワーカー)は働く人に限られません。端的にいえば、誰もがいつでもポートフォリオ・ワーカーなのです。

 

 

4.パラレルキャリアの可能性

 

最近ではパラレルキャリアを社員に推奨する企業も増えています。また、企業の勤務者だけでなく、フリーランスとして活躍している人々の間にも、パラレルキャリアは広がっています。

さらに、昨今、地域ではサードプレイスと呼ばれる、家庭(第1の場)でも職場(第2の場)でもない第3の居心地よい場所が増えています。サードプレイスの種類は多様です。コミュニティカフェ、シェアオフィス、コワーキングスペース、こども食堂を運営する場、児童・生徒への学習支援を行う場、生涯学習の場、など枚挙にいとまがありません。こうした地域におけるサードプレイスの存在は、たとえばミニ起業、身の丈起業という働き方の可能性を増やし、人生の役割の選択肢を広げつつあります。

このように、パラレルキャリアの可能性とは、時間と空間を柔軟に活用できる人生の役割を増やし、日本社会の硬直的な一面を変え、個人の多様な選択を実現することにある、といえるでしょう。

 

本記事は、石山恒貴(2018)「パラレルキャリアの可能性」『ウィルプラス』公益財団法人あいち男女共同参画財団,No.90,pp.1-2.より許可を得て転載いたしております。