【法政大学大学院 石山恒貴教授寄稿】シニアの活躍が日本型雇用を変える ―なぜシニア活躍が企業の競争優位の指標になるのか―

シニアの活躍は、企業の社会的責任の文脈だけで語られてしまうことがあります。しかし、シニアの活躍は、企業の競争優位に直結する可能性があります。社会的責任のみならず、経営の優先事項として取り組む必要があるわけです。本稿では、なぜシニアの活躍が企業の競争優位につながっていくのか、考察してみたいと思います。

 

1.日本型雇用の変化の方向性

シニアの活躍が企業の競争優位につながる理由は、日本型雇用の進化が実現する可能性があるためです。日本型雇用の是非については、様々な議論があります。筆者は、日本型雇用には、今後も継続していくに足る重要な特徴があると考えています。経営学において、効果的な人材マネジメントには、以下の7つの特徴があるとされています[1]

 

・雇用の保証

・採用の徹底

・自己管理チームと権限の委譲

・高い成功報酬

・幅広い社員教育

・格差の縮小

・業績情報の共有(オープンブック・マネジメント)

 

この7つの特徴を満たす企業は、社員の高い動機づけと自発的な経営への参加が実現できるとされています。ご覧のように、7つの特徴は、日本型雇用と類似する点が多いことがわかります。

しかし、だからといって、日本型雇用を現在の状態のまま維持することが十分であるとは言えません。筆者は日本型雇用には、7つの特徴を損なう要因が存在していると考えます。それは「排除」という弱点です。日本型雇用は、日本人男性正社員を中心に構成されていることが問題点として、指摘されてきました。家事・育児・介護などの家庭的責任を女性に任せ、日本人男性正社員は全身全霊で仕事に打ち込み、長時間残業も単身赴任も厭わないという構造です。そのため、女性、外国人などが排除されやすいという構造があるわけです。日本人男性であったとしても、たとえば病気や介護との両立が必要になると、全身全霊で打ち込める社員ではなくなるので、やはり排除の対象となりやすくなります。本稿ではこれを「成員的排除」と呼びましょう。

ところが、日本型雇用の排除には「時間的排除」も存在します。日本人男性であっても、排除されないのは期限付きだというわけです。日本型雇用の典型例としては、55歳前後に役職定年という仕組みがあり、60歳以降に定年後再雇用という仕組みがあります。この仕組みにより、年収が減少し、部下管理を含む権限の縮小が発生します。これらの仕組みは、過去の定年の節目が55歳、60歳であったことに起因するでしょう。企業にとってみれば、もともと55歳、または60歳で会社を去ることについて社員も同意していたのだから、年収が減少しようと権限が縮小されようと、会社に在籍できるだけメリットがあるではないか、という思いがあるのかもしれません。さらに、シニア社員(本稿では55歳以上をシニア社員と定義します)がいつまでも主要なポストを占めていると、若手が活躍できない、という思いもあるのかもしれません。これらの理由により、シニアとなった日本人男性正社員は「時間的排除」によって、「掛け値なしの正社員」という立場から排除されてしまうわけです。

 

2.時間的排除(役職定年と定年後再雇用)の実態

では、時間的排除(役職定年と定年後再雇用)の実態とは、どのようなものでしょうか。筆者とパーソル総合研究所は、「ミドルからの躍進を探求するプロジェクト」を行い、4732人のミドル・シニア社員に対するインターネット調査を行いました[2]。その調査において、役職定年経験者300人、定年後再雇用経験者300人に補足調査を行っています。図1をご覧ください。

 

図表1 役職定年経験者が実感する意識の変化

 

出所)石山恒貴・パーソル総合研究所(2018)『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』ダイヤモンド社 図表6-12

 

役職定年を経験すると、その意識の変化はネガティブな変化がポジティブな変化を上回ります。「モチベーションの低下」「喪失感」「会社への信頼の低下」など心理的なショックを示す意識の変化が示されています。次に、図表2をご覧ください。

 

図表2 役職定年後の気持ち(マイナス面・自由記述)

出所)石山恒貴・パーソル総合研究所(2018)『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』ダイヤモンド社 図表6-2

 

図表2は、役職定年後の気持ちを自由記述で回答してもらったものです。「納得のできなさ」「戸惑いの大きさ」とともに、生々しい「自己喪失感」が記述されています。たとえば、「モチベーションが維持できず廃人になると感じた」「疑問と喪失感で夜も眠れない日々が続いた」「会社っていったい何だったのか」「あっけにとられた」など、辛い気持ちがつづられています。しかも、執行役員、同期でトップ出世していた、など会社から評価されていた人たちが、このような喪失感に苛まれているのです。では、定年後再雇用では、どのようなことが起こるのでしょうか。図表3をご覧ください。

 

図表3 定年後再雇用後の気持ち(マイナス面・自由記述)

 

出所)石山恒貴・パーソル総合研究所(2018)『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』ダイヤモンド社 図表6-22

 

第2位に「気持ちが楽になった」(39.7%)というポジティブな気持ちの変化も示されています。しかし第1位は「やる気・モチベーションの低下」(40.0%)であり、第3位は「給与のダウンに納得できない」(38.3%)というネガティブなものです。さらに、第4位以下の項目もすべてネガティブな内容です。やはり、定年後再雇用においても、経験者は大きな心理的ショックを受けていることがわかります。

つまり、時間的排除(役職定年と定年後再雇用)の実態とは、今までは「掛け値なしの正社員」だった立場の人間がその状態から排除され、立場の変化に心理的ショックを受け、モチベーションとやる気が低下することであった、と結論づけても間違いではないでしょう。皮肉な言い方をすれば、日本型雇用において「成員的排除」と「時間的排除」が組み合わされることで、あらゆる立場の人間が(いずれかの時点において)公平に排除される仕組みが実現してしまう、と考えることもできるでしょう。

 

3.シニアが活躍すれば包摂的日本型雇用に変わる

このような排除を前提とした日本型雇用、いわば「排除的日本型雇用」では、人材マネジメントに効果的な7つの特徴を満たすとは考えられません。「排除的日本型雇用」の企業において受け入れられる社員とは、家庭的責任を免れて全身全霊で会社に尽くす「掛け値なしの正社員」という条件付きの存在であり、しかも一定の期間を過ぎると年齢という条件だけで一律に排除されてしまうわけです。少子高齢化により労働力人口に占めるシニア社員の割合が増加していくという環境下、この実態が今までよりも浮き彫りとなり、誰もが自分は排除されるべき運命にあると気がついていくことになります。そのような企業で、社員の高い動機づけと自発的な経営への参加が実現できるでしょうか。

そこで筆者は、「包摂的日本型雇用」への転換を主張したいと思います。「包摂的日本型雇用」とは長期雇用などの特徴は残したまま、「成員的排除」と「時間的排除」を極力なくし、多様な人々が活躍できる人材マネジメントのあり方です。この場合、7つの特徴により近づいていくことが想定できます。

では具体的には、どのように日本型雇用を変革していけばいいのでしょうか。入口である新卒一括採用を変革することはなかなか難しいかもしれません。新卒一括採用によって、国際的にみて低い、若手の失業率が実現している側面があります。また、日本型雇用は若手社員の能力開発に有効だとする意見もあります。そこで着目すべきが、シニアの活躍です。

シニアに対する時間的排除(役職定年と定年後再雇用)の問題点は、年齢という一律の基準で、処遇や職務を縮小してしまう点にあります。個人の状況を考慮しないわけですから、これでは当事者に納得してもらうことは難しいでしょう。そこで、55歳以降についても、個人別に担当すべき職務を明確にし、それにあわせて処遇を行うことが求められます。最も望ましいことは、役職定年も定年後再雇用も廃止し、65歳まで定年を延長する、もしくは定年を撤廃してしまうことです。もちろん、一気にそれを行うのが難しいとしても、段階的にその方向性の施策を実施していくことは、企業にとって可能な選択肢ではないでしょうか。

本来、職務にあわせて処遇を設定すれば、貢献と賃金が見合うので、理屈としては総額人件費の問題は生じないはずです。実際には短期的に総額人件費が増加してしまうことになるでしょうが、長期的にはバランスするはずです。ただその場合でも、「ポストが埋まっていて、若手が活躍できない」という課題が企業としては気になるでしょう。

先ほども述べましたように、新卒一括採用から若手社員の時代において、能力開発の観点から従来の日本型雇用を維持することはひとつの選択です。たとえば、それが入社5年から10年だとすれば、30代からはシニア社員と同様に個人別に担当すべき職務を明確にし、それにあわせて処遇を行うことになります。だとすれば、30代と60代の社員が同じ土俵で競争し、公平な条件でポストを争えばいいのではないでしょうか。つまり、シニアの活躍が契機となり、日本型雇用を包摂的に変えていく可能性があるわけです。

もちろん、そのような状況が簡単に実現できるわけではありません。年功序列を重んじる個人の心理・企業文化など、変革すべき課題は山積みです。しかし現状に甘んじていれば、いつまでも「排除的日本型雇用」のままで、社員の動機づけは向上しません。まずは段階的に(もしくは一気に)、シニアが活躍できる施策に取り組むことが、変革への突破口になるのではないでしょうか。シニアの活躍を進めることによって、企業は「包摂的日本型雇用」への変革を果たし、持続的な競争優位を実現する可能性が高まることになるわけです。

 

 

[1] ジェフリー・フェファー著・守島基博監修・佐藤洋一訳(2010)『人材を活かす企業』翔泳社

[2] 「日本で働くミドル・シニアを科学する」パーソル総合研究所ホームページhttps://rc.persol-group.co.jp/mspjt/

なお、調査の詳細は、石山恒貴・パーソル総合研究所(2018)『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』ダイヤモンド社、にまとめられています。