2023.03.24

【連載シリーズ】大人の学びコラム 第三回 会社の「粘土層」にならないための奥義  ~40歳代の方に~

  
 
 対花粉完全武装の人々が行き交う近未来ディストピア都市東京より3月のLSコラムをお届けします。
そのタイトルも「粘土層」。トレンド感との絶妙なブレンド。
 
 
 
 と、トレンド?と思った方もいらっしゃるかもしれませんので、まずはそこから。
最近、「人新世」を巡る議論で(超地味だった)地層学が脚光を浴び、
さらに昨今デイビッド・モントゴメリー先生の一連の「土」に関する著作が世界的にヒットし(超地味だった)
「土壌」がにわかに大注目されています。
 
一言でいえば、これまで「資源」と言えば一般に鉱物資源や化石由来資源を指していたわけですが、
ここにきて実は人類にとって最も貴重な資源は「土」ではないかという議論ががぜん熱を帯びてきています。
そのモントゴメリー先生の代表作の一つであります「土の文明史」において「粘土」に関連して以下の趣旨の解説がなされています。
 
 
 
 土層は肥沃な「表土」とその下にある「下層土」、
さらにその下の「基岩」(の三層)からなる。
下層土には植物の根が貫通できないほど硬い「粘土」が過度に集積しており、
表土に比べはるかに痩せている・・・。

 
 
 
 「土の文明史」という本のタイトルが示すとおり、
過去人類の先達がつくりあげてきた偉大な文明の多くは肥沃な表土が失われ粘土層がむき出しになったことで衰亡していきました。
表土こそ食料供給、そして都市文明を支える「資源」だったわけです。
イラク戦争で目にしたあの砂塵舞う不毛の土漠もかつて人類最古の都市文明を育んだ緑したたる豊かな土地でした。
 
 
 
 さて、組織に目を転じましょう。
植物の根も通さない「粘土層」を会社に当てはめれば新しいアイデアや試みを撥ね返してしまう組織の壁ということになります。
文明の盛衰よろしく会社においてもこの壁はやがてイノベイティブな発想を持った「表土層」の人々を萎えさせ、
場合によっては彼ら彼女らの離職を促し、組織は次第に衰えていくことにってしまうでしょう。
 
 
 
 だから粘土層なんてないほうがいい。
その通りなのですが、ことはそう簡単ではありません。
 
文明が隆盛の対価として表土を失っていったように(現代文明は石油由来の肥料で表土の生産性をなんとか維持していますがそろそろ限界です)、組織における粘土層とは多かれ少なかれ「成功体験」の産物だからです。
過去の成功が「ちがうやり方」を否定するのです。
したがって、「まだ成功したことがない」ベンチャー企業さんではおそらく粘土層は形成されていないでしょう。

 
他方、一定規模以上の企業は、みななにがしかの成功をおさめてきたが故に現在の規模まで成長しています。
そこには成功体験による自縄自縛、つまり粘土層はほぼ必ず存在すると考えていたほうがよいと思います。
組織における粘土層とはある意味で人間の性(さが)に根差しています。
 
 
 
  40台の皆さんの中には組織の粘土層によって撥ね返された経験がある方も少なからずいらっしゃると思いますし、
反対に場合によっては安定したやり方が身体化されていて柔軟性が失われつつあったり、
また順調に階段を上ってきて自分なりの「成功の方程式」への執着が芽生えてきたり、
つまり粘土層「予備軍」となっている方もいらっしゃると思います。

 
 
 
 さあ、ここは踏ん張りどころです。
粘土層を突破することをあきらめてはいけない。
もちろん、自身が粘土層になってはいけない。
 
 
 
 じゃ、どうやって?
先月のコラムをご覧いただけましたでしょうか。
自分はイノベーターである。「自分=イノベーター」、と自己定義することが第一歩です。
「いや、そんなこと言われても・・・」と思われるかもしれません。いやいや、心配ご無用。
 
ここでは奥義をお伝えしましょう。
(「奥義」=「幸運の壺」です。正しい道を歩みたい人は弊社会長徳岡晃一郎著「イノベーターシップ」をお読みくだい)。
 
 
 
 
 道元は「仏になるとは仏のようにふるまうこと」と言いました
こころを変えるのは大変です。
そもそも心が「悟った」のか、イノベイティブになったかどうかなんて判断つかない。
でも、振る舞いなら変えられる。
 
イノベーターになるのにはイノベーターである「かのように」振舞えばよいのです。
イノベーターだったらこんなふうに人の話を聞くだろう、応答するだろう、話かけるだろう、行動するだろう。
そうです、身体動作から変えていくとあら不思議いつの間にかあなたは中身もイノベーター!
 
 
 
 道元は修行と悟りは同一であるとも言っています。
修行という行為を続けているその間、人間は悟っているのであると。
もちろん、修行を放棄すれば悟りも消えます。イノベーターのように振舞うのを止めれば・・・。
 
 
 
 イノベーターである「かのように」振舞いましょう。
なにか特別で斬新なアイデアを発想し実現するだけがイノベーターではありません。
いつまでも肥沃な表土であり続け、そして粘土層を突破していく力をもつ。
突破するだけの根をもった植物(部下)を育てる。これも立派なイノベーターなのです。

 
 
 
 この話はご自身のキャリアの自律性を伸ばしていくことと直結します。
他者である「粘土層」に屈し歩みを止める、もしくは過去の経験に固執し自分の中に粘土層をつくってしまう・・・。
そういったことをできるだけ避けることで自律性は磨かれていきます

誰しも持っている「性(さが)」を克服することです。
 
 
 
 イノベーターが増えていけばいくほど会社はより良い組織に変わっていきます。
そしてあなた自身も強い自律性を手にし、
今後のキャリアをより自由に描くことができるようになるでしょう。
 
 
 
 日本経済の長期の停滞。
もしかしたら日本の産業は肥沃な表土を失いつつあるのかもしれません。
復活の如何は皆様一人一人にかかっています。

藤井敏彦

藤井敏彦

株式会社ライフシフト ストラテジック・アドバイザー

1964年生まれ。87年、東京大学経済学部卒業。同年、通商産業省(現・経済産業省)入省。94年、ワシントン大学でMBA取得。通商、安全保障、エネルギーなど国際分野を中心に歩き、通商政策課長、資源エネルギー庁資源・燃料部長、関東経済産業局長、防衛省防衛装備庁審議官、国家安全保障局(NSS)内閣審議官などを歴任した。2000~04年には在欧日系ビジネス協議会の事務局長を務め、日本人初の対EUロビイストとして活動するなど、豊富な国際交渉経験を有する。NSSでは経済班の初代トップとして、経済安全保障推進法の策定などに携わった。主な著書に『競争戦略としてのグローバルルール』(東洋経済新報社)など。