2025.03.26

【連載 コラム No.11】フッサールとトクオカを結び付けるもの~その弐~

フッサールとトクオカを結び付けるもの~その弐~

 
 

「独断主義にも相対主義にも陥ることなく〈普遍〉ないし〈力に頼らない共通認識〉をつくりだすにはそうすればよいのか?」
 
 
というフッサールの問いかけで前回を締めくくりました。イノベーターもベテランも多くの場合強い〈力〉をもっているわけではありません。
それだけにこの問いには切実なものがあります。そして、昨今の世界を見渡せばその切実さは一層鋭く感じられるのではないでしょうか。
 
 
 
(誰から見ても)絶対正しいものが存在している=独断論
(誰から見ても)絶対に正しいものは存在しない=相対論
 
 

どちらの立場にも立たないということは、一旦、絶対に正しいもの=〈客観存在〉の有無については判断しない(判断を停止する)ということです。
 
 
この態度を〈エポケー〉ないし〈括弧に入れる〉と現象学では呼びます。
 
 
リンゴが机の上にあるのを目にしても、客観的にリンゴが存在しているかどうかについて判断を下さないというわけです。
ここで注意していただきたいことは。エポケーは懐疑主義とはちがうということです。視界に入っていない裏側を見るとリンゴを模した置時計かもしれない、だから本物の(客観的な)リンゴかどうかわからない、これは懐疑主義的立場です。
しかし、エポケーは「疑うわけでもなければ肯定するわけでもない」。ただ判断しないという姿勢です。ここを押さえておきましょう。
 
 
 ビジネスの世界に限らずエポケーができることは社会でも家庭でも大切なことです。
自分と人はそれぞれ別の世界を目にしているということを受け入れる。まず、自分の世界像を一旦棚上げする。
他者と共存していくうえでとても大切なことだと思います。
もし自分が考えていることが「客観」、すなわち絶対的真理だと信じ込んでしまえば人間関係はギクシャクしてしまうのではないでしょうか。
 
 
 このことはイノベーターにもリスキラーにも当てはまります。
いや、イノベーターたらんとする人、リスキリングに取り組もうという人には是非エポケーを習慣にしてほしいのです。
 
 
まず、イノベーターにとってのエポケーです。
イノベーションの場合は、自分の思いに基づくビジョンが重要ですが、そこをパッションで一点突破するのではなく、
一歩引いて俯瞰してみて、より客観化して他の視点も取り入れてより強固なものにする、その入り口がエポケーです。
エポケーによって相互主観の形成が可能になるのです。

 
 
リスキリングの方では、よく自分の学びをいったん忘れよと言われます。しかし、忘れられることはなかなかむつかしい。
そこでエポケーする。いまここの現実の中で自分のこれまでの学びの意味を問い直すためのきっかけです。
原稿やプレゼンを作った後で、1-2日置いてみて再度見直す。違う文脈もあることに気づくという「熟成型エポケー」もリスキリングには有効
だと思います。
 
 
いずれにしても「思い込み」を排しエポケーの姿勢をとることは建設的な結果につながるでしょう。
 
 
「世界は自分にはそう見えている。だが他の人には別の様にみえている」という自己判断の留保という謙虚さが多くのことの第一歩になるのではないでしょうか。
 
 
では、また来月。

藤井敏彦

藤井敏彦

株式会社ライフシフト ストラテジック・アドバイザー

1964年生まれ。87年、東京大学経済学部卒業。同年、通商産業省(現・経済産業省)入省。94年、ワシントン大学でMBA取得。通商、安全保障、エネルギーなど国際分野を中心に歩き、通商政策課長、資源エネルギー庁資源・燃料部長、関東経済産業局長、防衛省防衛装備庁審議官、国家安全保障局(NSS)内閣審議官などを歴任した。2000~04年には在欧日系ビジネス協議会の事務局長を務め、日本人初の対EUロビイストとして活動するなど、豊富な国際交渉経験を有する。NSSでは経済班の初代トップとして、経済安全保障推進法の策定などに携わった。主な著書に『競争戦略としてのグローバルルール』(東洋経済新報社)など。