2025.04.21

【連載 コラム No.12】フッサールとトクオカを結び付けるもの~その参~

 
 
フッサールの最終回。今回はフッサールが何を求めて現象学を打ち立てそして極めていったのかについてお話します。
それは
 
 
〈普遍〉。

 
 
イノベーターを志す皆さん、皆さんが求めるものも同じです。〈普遍〉であるはずです。
地球上の多くの人に受け入れられるアイデアを皆さんは追い求めているのではないでしょうか。
トクオカはイノベーションとは単に新しいものを生み出すだけではなく、よりよい世の中を作っていくためにより多くの人にとってより持続可能な未来の実現がイノベーションの本質だと主張しています。まさに普遍といえましょう。
 
 
また、リスキリングに取り組む皆さんも、そのようなイノベーションの力を得るために取り組むわけであり、なにがしか〈普遍〉への接近をきっと意識されているはずです。リスキリングは手段であり、それは〈普遍〉を生み出すチカラなのです。
 
 

しかし、〈普遍〉とは誤解されやすいものです。
 
 
•第一に、普遍は人間を超えて存在する実体ではありません。
もし、普遍が「事実」として存在し、即、誰にでも受け入れられるものであるならば、
その普遍という的を射止めればよいわけですが、残念ながら普遍はそのように存在 するわけではありません。
 
 
•第二に、普遍性は間主観的確信です。これは少し前回も触れましたね。
つまり、多くの人の意識の中で「そうだ」と思われるもの、それが普遍です。
 
 
•多くの人、と述べましたが、人はそれぞれ自分の意識の中でのみ生きています。
したがって、普遍の出発点は普遍を生み出そうとする〈私〉の意識でしかありえません。
 
 
 
よりよい世の中といっても、トランプ流もあれば、プーチン流も、習近平流もある。皆さんの思いの詰まったよりよい世の中もある。
皆さんが志向するイノベーションはどのような普遍を目指すべきだと皆さん自身は意識するのか?
では、みなさんが実務家として普遍を生み出すためにどのような思考の型をしたらよいか、それをフッサールは教えてくれます。
 
 
〈普遍〉は自分の意識をエポケーしたうえで人々とコミュニケーションしていく。
心を開いて多様な考え方の人々と対話し多様な方の話に耳を傾ける。傾聴することで〈私〉の見方は変化しえます。
私の意見が他者を変化させます。
 
 
「〈私〉にはそう見える」から出発し「〈私たち〉にはそう見える」にしていく。
共通の景色をつくりだしていくのです。
 
 
〈普遍〉という名の間主観的共通了解が生み出されていくプロセスには一旦自分を棚上げして心を他者にひらくことが必ず必要になります。
トクオカは一橋大学の野中郁次郎教授とともに、そのようなプロセスを知識創造(イノベーション)のための「創造的対話」と名付けています。
イノベーションのプロセスは現実や未来との創造的対話であり、リスキリングのプロセスは謙虚な学びや真摯なディスカッションを通じた新たな知を巡る創造的対話だと思うのです。
 
 
フッサールは〈普遍〉を追い求めました。現象学というものの見方はそのために必要だったのです。
そして、そこには我々がよりよく活きていく知恵が隠されている。それゆえ怖いのは、世界の分断や経済的格差、フィルターバブルやエコーチェンバーといった閉じた世界づくり、専制的支配などで、普遍への道が閉ざされてしまうことです。
世界は自分にはそう見えている。だが他の人には別の様にみえている。そのままでは何も生まれてこない。
しかし、何かを生み出そうとするあなたは是非フッサールに立ち戻ってみることをお勧めします。
 
 
では、また来月。それまでに世界はどうなっているでしょうか?

藤井敏彦

藤井敏彦

株式会社ライフシフト ストラテジック・アドバイザー

1964年生まれ。87年、東京大学経済学部卒業。同年、通商産業省(現・経済産業省)入省。94年、ワシントン大学でMBA取得。通商、安全保障、エネルギーなど国際分野を中心に歩き、通商政策課長、資源エネルギー庁資源・燃料部長、関東経済産業局長、防衛省防衛装備庁審議官、国家安全保障局(NSS)内閣審議官などを歴任した。2000~04年には在欧日系ビジネス協議会の事務局長を務め、日本人初の対EUロビイストとして活動するなど、豊富な国際交渉経験を有する。NSSでは経済班の初代トップとして、経済安全保障推進法の策定などに携わった。主な著書に『競争戦略としてのグローバルルール』(東洋経済新報社)など。