現在、急速に進んでいるデジタルトランスフォーメーション(DX)において、企業が成功する鍵はデータを活用した人事戦略です。なかでもピープルアナリティクスやデータドリブン人事といわれる人事のデータ活用はより重要となっていきます。
人事データを活用した人事評価や育成、ジョブ型雇用の支援を行っているInstitution for a Global Society株式会社(IGS)が、2020年7月21日に、「ジョブ型シフトの今、改めて社員のキャリア自律を考える」をテーマに、オンラインセミナーを開催しました。
基調講演には、多摩大学大学院教授、株式会社ライフシフトCEO 徳岡晃一郎氏による「人生100年時代に必須の『終身知創』の生き方」、事例紹介では、IGS創業CEO 福原正大による「データドリブンな人事マネジメントをどう実現するか」と題した講演を行いました。
セミナーには様々な業界の人事部門担当者が約70名程度参加。今回は、このセミナーの模様をご紹介します。
■これまでの働き方・生き方に変革をせまる「3つの大波」
徳岡氏からは、人生100年時代に必要な「終身知創」の生き方と人事部の取り組み、人事のデータ活用についてお話しいただきました。
現在は3つの大波が押し寄せています。それは、人生100年時代における80歳まで現役という働き方、デジタルトランスフォーメーション(DX)、ポスト/ウィズコロナです。
平均寿命が年々延びていくのに合わせて働く期間も延びていき、これまでは40年だった働く期間が60年に延長。80歳まで現役でいる時代になるといわれています。60年という「長期間労働」時代になることで、仕事でもプライベートでも主体的で自律的な生き方が求められます。学ぶ機会を増やし社外での活動に取り組むなど、知識を常にアップデートしないと、つらい60年になってしまいます。
(セミナー当日資料:徳岡晃一郎氏作成)
そしてDX。世界では急速にDXが進み、すでに産業や暮らしが変わってきていますが、DXで日本は世界に遅れをとっています。日本の競争力は弱体化し、かつては世界の技術力BEST50の中に32社が存在していた日本企業も、今ではトヨタ自動車の1社のみという状況です。
ポストコロナの時代では、否応なしに社会は変わっていきます。社会が急速に変化していく中では、個人の価値をどう発揮できるかが重要になり、自分と会社にとってのニューノーマルとは何かを考える必要があります。
(セミナー当日資料:徳岡晃一郎氏 作成)
■ついに来た、日本型人事の終焉
日本企業の成長を支えたのは、工業生産力モデルによる薄利多売の商売でした。短期的で目の前のKPIばかりに目がいくため、自分の将来を考えられない、次の世代へ知見を残すことができない刹那的な生き方をする社員が増え、現在では思考停止に陥った組織となってしまっています。
(セミナー当日資料:徳岡晃一郎氏 作成)
DX時代では、会社中心に生活を送ったり会社に自分を合わせたりするのではなく、自分の価値観を大切にしてキャリアを創造することが求められます。他人と比較する競争戦略ではなく、自分自身の成長戦略について一生を通じて描き学び続けていく(知を創造していく)ことが大事なのです。
自分自身のキャリアを創造することで、どんな変化でも耐えられるレジリエンスが備わってきます。「未来は自分で作る」スタンスが必要なのです。
(セミナー当日資料:徳岡晃一郎氏 作成)
■「終身知創型人事モデル」の必要性
では、DX時代において人事部はどう取り組んだらよいのでしょうか?
それは、成長戦略を描ける人材の確保と育成、そして活用です。イノベーターを作り出し、成長持続型の人材を見極めるモデルを構築することです。それを徳岡氏は「終身知創型人事モデル」と名付けました。
(セミナー当日資料:徳岡晃一郎氏 作成)
「終身知創型人事モデル」を構築するには、知識創造力を持ち、持続可能性を備えたスピードある動き、時代の先を読んで俊敏に対応する変身力を持つ人材が求められます。このような人材を育成したり採用したりするには、人事部が環境を整え社員を導いていく必要があります。
新しい時代のなかで、どのようにして終身知創型人材の育成や採用を行ったらいいのかを、私たちは経験していないため分かりません。だからこそ経験や勘に頼るのではなく、一人ひとりの能力を把握し、各々のコンピテンシーのデータを活用していくのです。それは、世界との競争に勝つための前提ともなります。
データを用いることで、イノベーションを起こす人材や持続可能な人材を見つけることができます。誰が何をできるのかを、見極めることもできます。少数精鋭で成果を出すハイパフォーマーを見極め、ダイバーシティーを活かし、社員一人ひとりの強みや適性を把握することができます。
さらに、過去の慣習にとらわれず、また先駆者の事例なども取り込みやすくなります。そう、HRテクノロジーやコンピテンシーを活用して、新しい時代を作っていくのです。そして、終身雇用に代わる終身知創をコンセプトにした人事管理へ変革していく必要があるのです。
■DXを実現する3要素
続いて、IGSの福原が、DX化における人事データの活用について、事例を交えながら紹介しました。
GAFAに代表されるように、世界はまさにDXが進行しています。では、企業の人事部門でDX化は進んでいるでしょうか? 本セミナー開催中にオンラインで参加者にアンケートをとったところ、「人事のDXは進んでいますか?」の問いに対して、Yesは16%、Noは84%でした。
今回のアンケートだけでなく、日本企業の人事のDXはあまり進んでいない状況です。とある調査によると、約70%の企業がDX化に着手していると回答しているものの、その内容を見てみると予算確保ができている企業が半数以下という回答でした。実際に取り組みを進める段階で、成果を出せている企業はさらに少ない状況でしょう。だからと言って、DX化を避けて通ることはできません。
DX化を実現するために、企業人事として必要なことは3つのPです。People(人)、Process(プロセス)、Philosophy(哲学)。なかでも最も重要なのは「People(人)」。イノベーションを起こし勝てるビジネスにし、成長させるのは人です。人への対応ができないと、企業のDX化もできないといえるでしょう。
(セミナー当日資料:福原正大 作成)
(セミナー当日資料:福原正大 作成)
これまで企業が求める人材は、スキル×知識重視のタイプでした。Society5.0時代においては、変化に応じたコトづくりやイノベーションを起こせる人材が重要です。そしてさらに、成果を生み出すコンピテンシーも求められています。
コロナ禍ではSociety5.0はさらに加速し、コストカットからどう生き残るかの長期の視点が必要になってきます。企業においては中長期への投資が必要で、人への投資を止めた企業は中長期的には厳しい状況になるでしょう。
■優秀な人材を獲得し育成するデータドリブン人事
企業の組織文化としては、深化型と探索型があります。深化型企業の特徴としては、従来の日本企業に見られるような完璧な計画を立て失敗を避ける、厳格な分析を行うなどがあります。一方、探索型企業の特徴としては、GAFAに代表されるように試行錯誤をしながら学習し、その結果からイノベーションを起こすなどがあります。
DX時代で企業が成功するには、深化と探索の両方を行う経営が求められます。自社がどちらのタイプなのかを人事部がデータを使って把握しておくことは、DX化への最低条件になります。DX化を行える人材を育て採用するためにも必要です。
(セミナー当日資料:福原正大 作成)
企業の競争力を高めるには、自ら学習しイノベーションを起こす「ジョブ型雇用」への移行が求められています。一方、日本独特のメンバーシップ型雇用では、人材をスキルではなく文化的な融合度とポテンシャルで評価し、雇用を中長期的に保障している現状があります。
中途採用の場面、特にエンジニアのような高スキル人材の中途採用では、客観的に妥当な報酬を提示する採用を行える企業は少数です。そのため、中途採用が進まず重要な職種においてアウトソーシングに頼ることが多々あり、社内に知識やノウハウが蓄積されません。また、日本企業にある習慣や文化的な壁に適応できなかったり、社会の急速な変化により必要となるスキルが急速に変わったりします。スキル重視で採用した場合でも、ミスマッチ人材となることも見受けられます。
(セミナー当日資料:福原正大 作成)
優秀な人材を獲得する中途採用の場面において、データドリブン人事がその問題解決に役立ちます。職種市場価値×能力価値×離職コストの観点から、どのような人を採用するのかをデータを使って判断。企業との文化マッチングを見られるだけでなく、人材の定着率を上げて不要な採用コストを削減できるのです。
(セミナー当日資料:福原正大 作成)
■データドリブン人事で成長する企業
それでは、データドリブン人事を行っている企業を2つご紹介しましょう。
アメリカにある世界最大のヘッジファンドBridgewater Associates社は、人材情報と意思決定の質をデータ化し、徹底した360度評価を行っています。AIとビックデータによる徹底した情報の透明化を行い、あらゆる判断をAIで行っています。それにより、単なる多数決がそのまま反映されるのではなく、過去のデータを反映して補正された数値を算出。より正確で、目的にかなった意思決定を実現しています。
音楽ストリーミングのSpotify社は、顧客データと360度評価、意思決定評価を組み合わせ、AIが人事と組織を作っています。チーム構成や予算編成もAIで行い、実行だけを人間が行っているのです。同社は2014年から2015年頃は業績が低迷していましたが、今やAmazonを超える存在。AIを人事に活用することで、急速に業績が上がった企業です。
■コンピテンシー採用を阻む「バイアス」
DXが求められる社会の中で、世界のなかで勝つためには個人のコンピテンシーを把握することが必要です。しかし、企業人事は正しくコンピテンシーを測ることができるでしょうか?
人材の能力を測る際、評価者が人である以上、心理的なバイアスが評価に影響を与える可能性を否定できません。バイアスには、過去への執着やデジタルへの偏見、変化への恐怖が含まれます。コンピテンシーフォーカス時代になると同時に、バイアスが評価の邪魔をすることが大きな課題となってくるのです。
Amazonの例をご紹介しましょう。
Amazonは、かつてAI採用を行っていましたが、女性に対して不利に働いていることがわかりました。そのため、AI採用をやめました。女性に不利な採用を行っていたのは、AIに覚えさせたデータにバイアスが含まれていたため、それがAIによって広がってしまったのです。AIはツールでしかなく、学習させるデータが何よりも重要なのです。
■バイアスのかからない人事データを作るには
人事データをたくさん持っているという企業は多いですが、多くの企業では過去のデータにバイアスが潜んでいる可能性があります。これはとても危険なことです。コンピテンシーを見極め、採用し、人材活用するには、新しいデータを作っていくデータドリブン人事が必要となってきます。
ビックデータ時代の人事は、一からデータを作っていくことが必要です。単にAIを導入するのではなく、どのようなデータを作っていくべきなのかを考えます。女性差別だけでなく、様々な差別や偏見などの問題をどのように乗り越えていくことができるのか。年功序列的な評価が残っていれば、さらに問題としてできます。こうした問題をどう乗り越えていくかを考えて、人事を行うのです。
(セミナー当日資料:福原正大 作成)
バイアスのかからない人事データを作っていくのは大変なことです。IGSでは、企業に求められるコンピテンシーを見極め、一緒にデータを作成し、経営に生かす分析を行うデータドリブン人事のお手伝いをしています。
■講師プロフィール
徳岡晃一郎氏
多摩大学大学院教授・学長特別補佐
株式会社ライフシフト 創業者CEO
<専門:人事、インナーコミュニケーション、モチベーション>
福原正大
Institution for a Global Society株式会社 創業者CEO
慶應義塾大学経済学部特任教授
<専門:最新テクノロジーのビジネス応用、People Analytics、FinTech>