2018.07.21

知の媒介者:ナレッジ・ブローカーの必要性(1)―媒介が阻害される要因とその乗り越え方を考える― 法政大学大学院 石山恒貴教授

企業の現場で,知の媒介への注目が集まっている。知を異種混合しなければ,新しいビジネスモデルが創出されないことに関する危機感が企業に定着したからだろう。ところが,日本企業にとって,知の異種混合は決して得意技ではなかった。

 

それは,日本企業における人材育成体系が,職場における日常的な訓練であるOJT(on thejob training),職場を離れた訓練であるOff‒JT(off the job training),個人が就業時間外に行う自己啓発によって形づくられてきたことでもわかる。OJTを中心としながら,Off‒JT と自己啓発が補完的な役割を担うことで,OJT・Off‒JT・自己啓発は有機的に一体化されている。Off‒JT は職場を離れた訓練であるし,自己啓発は個人が就業時間外に行うものであるが,職場と異なる知を主に学ぶものではない。むしろ,職場の訓練であるOJT で学んだ知を,より応用的に理解することが主な目的とされている。そのため,OJT・Off‒JT・自己啓発の効果が総合的に発揮されると,所属している企業に特有な知識,文化,慣行の理解が深められ,社員全体に「同じ釜の飯を食う」ような一体感が醸成される。

 

たとえば,日本企業の新入社員教育においては,「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」の重要性が無自覚に強調されていないだろうか。職場内において,上司あるいは関係者に「ほうれんそう」を行うことは,「同じ釜の飯を食う」一体感を醸成するには効果的だろう。新入社員に「ほうれんそう」を「しつけ」として教え込むことは,OJT・Off‒JT・自己啓発との連動性も高いと考えられる。

 

しかし,「ほうれんそう」による「しつけ」は,知の同質性を高めこそするが,知の異種混合を促進するわけではない。「ほうれんそう」を「しつけ」られた社員本人は,その職場の文化に妥当である情報(たとえば,上司や同僚に報告して喜ばれる情報)が何であるかに習熟し,そのような情報への感度だけが高まっていくことになる。その結果,職場の文化に適合的で同質な情報だけを集め,また,その情報に合致した行動だけを重視するようになってしまう。

 

もっとも,もともと「ほうれんそう」は社員への「しつけ」として提唱されたものではない。むしろ,都合の悪い情報も経営者・管理者が把握できる風通しのよい社風の構築のために提唱された概念だった1。ところが,いつしかOJT・Off ‒JT・自己啓発の体系のなかで,その意味するところが社員本人に対する「しつけ」へと転化していったのではないだろうか。その結果,新人社員・若手社員への望ましい研修内容として無自覚に受け入れられた可能性がある。

 

知の媒介者(ナレッジ・ブローカー)とは,「ほうれんそう」とは逆の作用を組織にもたらす存在である。ナレッジ・ブローカーは,組織(職場)外における適合しない(喜ばれない)知を,組織(職場)にもたらす存在であり,そのため疎まれ,歓迎されないことが多い。ナレッジ・ブローカーの詳細は次号で述べたい。(全2回-①)

 

1 山崎富治著『ほうれんそうが会社を強くする―報告・連絡・相談の経営学』(1989年,ごま書房)

 

本記事は、石山恒貴(2018)「知の媒介者:ナレッジ・ブローカーの必要性(1)―媒介が阻害される要因とその乗り越え方を考える―」『労務事情』No.1355,p.2.より許可を得て転載いたしております。