定年後の“新しい姿”を描こう-【書評】 坂本貴志著『ほんとうの定年後』(講談社現代新書)

 
 
「『小さな仕事』が日本社会を救う」が本書の副題。
帯には「漠然とした不安を乗り越え、豊かで自由に生きる!」とある。
この本がいま、ベストセラーになっているという。
インターネット上のレビューには、「そんなにお金を稼がなくても満足して生活できるとわかる本」といった安心の声があふれている。
何が人々の心を捉えているのか。
 
 
厚生労働省で社会保障制度の企画立案に携わった後、
内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆を担ったという著者は、
統計データを駆使し、定年後の“ほんとうの姿”を描き出していく。
 
 
例えば、<生活費は月30万円弱まで低下する>。
50代前半に月5・1万円だった教育費は、60代前半で0・8万円まで減少し、それ以降はほぼゼロになる。
40代前半に月5・1万円だった住宅ローン返済額も、
60代前半では1・6万円に減り、70代でローンを返している人はほとんどいない。
 
 
金融庁の報告書が発端となり、老後に2千万円不足すると騒動になったことは記憶に新しいが、
著者は「高齢期の家計に過度な不安を抱く必要はない」と強調する。
 
 
支出が減れば、必要な額も減る。年金の支給額を踏まえれば、<本当に稼ぐべき額は月10万円>。
働けるうちはフリーランスなどの「小さな仕事」で必要額を賄い、年金は働けなくなったときのために残しておく。
本書はそんな過ごし方を推奨する。
 
 
 著者が統計で示すのは、お金の話だけではない。
<仕事の負荷が下がり、ストレスから解放される>。
仕事の負荷が過大だと感じている人の割合は、40代の31・8%をピークに、70代前半の8・3%まで下がり続ける。
 
 
 そうしたなか、<6割が仕事に満足し、幸せを感じている>。
定年を境に、仕事満足度は急上昇し、75歳では59・6%が満足している。
幸福だと感じる人の割合も、50歳で38・2%と底を打った後、上昇を続け、70歳の時点では54・9%が幸福を感じているという。
 
 
「仕事のサイズが小さくなるなかでも仕事に前向きに取り組んでいる」
「体力や気力の変化と向き合いながらも、いまある仕事に確かな価値を感じている」。
 
 
本書はそれが定年後の平均的なありようだとして、
「成長だけを追い求め続ける働き方」や「競争に打ち勝ち、キャリアの高みを目指す考え方」から自由になるべきだと説く。
 
 
 筆者の指摘は、一面の真理である。
定年後に向けて、必要以上の不安を抱く必要はない。
「小さな仕事」にも大きな価値があり、「小さな仕事」の積み重ねが社会を支えていることも事実であろう。
 
 
 しかし、経済的な不安が大きくないのであれば、定年後に新たな挑戦に踏み出しやすくなると捉えることもできるはずだ。
生活費が減っていくぶん、「小さな仕事」で十分なのだと、小さくまとまっていく必要はない。
少子高齢化が進むなか、シニア世代がさらなる成長を図り、「大きな仕事」に挑戦していくありようこそが、日本社会が目指していくべき姿ではないか。
 
 
 平均値の議論は、ファクトを映しているようでいて、ときに危険だ。
とりわけシニア世代の生き方は多様で、働き方も一日の過ごし方も、人によって大きく異なる。
私たちは平均値から一定の安心感を得ながらも、平均値が示す姿に自分を合わせるのではなく、自分らしい定年後の生き方を自由に大胆に構想していくべきだろう。
 
 
シニア世代のありようはいま、大きな過渡期にある。
長年のキャリアを生かして、イノベーションを生み出し、社会に大きなインパクトを与える。
生涯を通じて学び続け、人生100年時代の生き方を改革する。
そんな定年後の“新しい姿”が、これからの“ほんとうの姿”になっていくのではないか。
 
 

仁瀬志太