2018.08.28

知の媒介者:ナレッジ・ブローカーの必要性(2)―媒介が阻害される要因とその乗り越え方を考える―

前回は,日本企業における人材育成体系がOJT(on the jobtraining)・Off-JT(off the jobtraining)・自己啓発で一体的に運用されていること,その一体的な運用と「ほうれんそう」による「しつけ」があいまって,知の同質性が強化されていることについて述べた。そこで,知の異種混合を促進する知の媒介者(以下,ナレッジ・ブローカー)の存在が企業にとって重要となるが,むしろ同質性を乱すため歓迎されない傾向がある,とも述べた。

 

ここでナレッジ・ブローカーについて定義したい。ナレッジ・ブローカーとは,複数の共同体に同時に所属し,お互いの共同体の異質な知をそれぞれの共同体に伝達することで,知の媒介を行う個人を意味する。ここでいう共同体には,職場も含まれ,またNPO,地域コミュニティ,企業外の勉強会なども含まれる。たとえば,企業で働きながらNPO に所属して何らかの社会貢献をする,あるいは企業外の勉強会で関心のある専門性について仲間と議論する,などの状態が,複数の共同体に同時に所属することである。こうした状態は,拙著で述べている「パラレルキャリア」に該当する。あるいは,組織(職場)外での学びという観点では,いわゆる越境学習に該当しよう。

 

ただし,複数の共同体に所属すれば,そのままナレッジ・ブローカーという存在になりうるわけではない。所属して,お互いの共同体に異質な知を伝達してこそ,ナレッジ・ブローカーという存在になり,知の異種混合が促進される。しかし,ナレッジ・ブローカーが異質な知を伝達することは歓迎されないし,むしろ迫害されてしまう危険性すらある。

 

ナレッジ・ブローカーは,どのように迫害されるのだろうか。筆者の調査においては,異質な知を伝達しようとしたナレッジ・ブローカーは,「外にかぶれて,変なことを覚えてきた」と指摘され,「余計なことをするな」と諭されていた。なぜ,このような迫害が起きるのか。先述のように,日本企業ではOJT・Off-JT・自己啓発が一体的に運用され,自組織(職場)の文化に適合的で同質な情報を重視するように「しつけ」られる。その結果,自組織(職場)の文化に適合的でない異質な知は,歓迎されないものとなってしまう。

 

しかし,今後,企業にとって新事業・新製品を創造するために,企業の枠を超えて水平的に異質な知を収集し混合する動きは加速していくであろう。では,知の異種混合を促進するナレッジ・ブローカーを迫害せず,むしろ育成するにはどうすればいいのか。

 

その第一歩は,自社の人材育成体系を点検することであろう。おそらく,多くの企業が知の異種混合を推進したいと思っているはずだ。ところが人材育成体系は,「ほうれんそう」を強調するなど,無自覚に知の同質性のみが強調される仕組みになっている可能性がある。自社の人材育成体系の内容と知の異種混合が親和的であるのか,この観点の点検をぜひお勧めしたい。

 

 石山恒貴著『パラレルキャリアを始めよう!』(2015年,ダイヤモンド社)

 石山恒貴執筆「実践共同体のブローカーによる,企業外の実践の企業内への還流プロセス」『経営行動科学』

(2013年,第26巻第2号115~132頁)

 

本記事は、石山恒貴(2018)「知の媒介者:ナレッジ・ブローカーの必要性(2)―媒介が阻害される要因とその乗り越え方を考える―」『労務事情』No.1356,p.2.より許可を得て転載いたしております。