2022.12.27

【鼎談】「越境学習」が組織にイノベーションを起こす~イノベーション人材の育成~

 

「越境学習」が組織にイノベーションを起こす~イノベーション人材の育成~

 
 
話者
 
徳岡 晃一郎氏
(株)ライフシフト 代表取締役会長 CEO 多摩大学大学院教授・学長特別補佐
 
石山 恒貴氏
法政大学大学院政策創造研究科教授
 
藤井 敏彦氏
(株)ライフシフト ストラテジック・アドバイザー
 
 
 
新型コロナウイルスの感染拡大やIT技術の急激な進歩等により未来の予測ができないVUCAの時代に、
新たに注目されている人材育成手法の1つである「越境学習」。
 
不確実な時代、「越境学習」によってイノベーション力をどのように養うのか、
そのために、個人また組織が意識すべきポイントは何かーー。
 
近年、多方面からの期待が高まっている「越境学習」の可能性について、
「日本の人事部HRアワード2022最優秀賞」を受賞した『越境学習入門』の著者であり、
長年越境学習について研究されてきた法政大学大学院・石山恒貴教授と、
官庁や研究機関、民間と数多く越境体験している弊社ストラテジック・アドバイザーの藤井 敏彦氏、
弊社代表取締役会長 CEO 多摩大学大学院教授・学長特別補佐の徳岡 晃一郎氏で越境的学習について語った。

 
 
 
 

イノベーション力を養うために越境学習がなぜ必要なのか

 
徳岡 VUCAの時代、イノベーション力を養うために越境学習が求められる背景について、石山先生のお考えをお聞かせください。
 
 
石山 日本企業の強みは、新卒一括採用やオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)、定期人事異動などを通じて、同質性の強い人たちが、あうんの呼吸で改善を繰り返してきたところにあると思います。
 
このことは今後も日本企業にとって強みであり、ゼロにすることは望ましくありません。
ただ、あまりにも同質性に頼った学びだけだと、どうしても偏りが出てきます。
昨今、「異質性」や「オープンイノベーション」などが注目されていますが、外部の知識や情報を取り入れるために、「外でも学ぶ」ことが従来以上に必要になってきていると思います。
 
クリステンセンなどが『イノベーションのDNA』で述べているように、イノベーターには、違う領域にある事柄を関連づけたり、異議を唱えるような質問をしたり、失敗をしてもそこから学んだりといった能力が求められます。
 
こうした能力は、従来の同質的な環境の中よりも、外に出て武者修行した方が培いやすい。
特にVUCAと言われるような不確実性の高い状況の中で、OJTに越境学習を取り入れていく必要性が出てきたのではないかと思います。
 
 
徳岡 VUCAの時代は何が起こるかわかりません。同質な体験だと一つのことにしか対応できなくなってしまうので、さまざまなことに対応できるような体験という意味で、越境して同質から抜け出していくようなことが必要になってきているということですね。
 
 
石山 そうですね。また、アントレプレナーの学習能力は、原因から結果を導き出す「コーゼーション(因果論)」に基づくものだけだとうまくいかず、むしろ自分たちが持っている資源から何かをつくり出していく「エフェクチュエーション(実効論)」の方が重要だと言われています※1。
 
同質性の高い企業の中にいると、コーゼーションに基づいて行動しがちです。しかし、越境すると不確実性だらけですので、不確実な未来を気持ち悪いものと思わず、不確実だからこそ新しいものをつくり出していくような考え方に変えていくためにも、越境学習は有効だと思います。
 
 
 
 

イノベーターは計画的に育成できない

 
徳岡 藤井さんは官庁に勤務したり、ヨーロッパに行ったり、研究機関に勤務したり、今は民間でと越境していますが、VUCAの時代の越境学習というのはご自身の経験から見てどう感じますか?
 
 
藤井 1つの組織の中にいると、その組織の文化なり規範がユニバーサルなものだと考えてしまいがちですが、一歩外に出れば、それが非常にローカルな文化だったと気づけます。
そういう意味で複線・複眼的な思考ができるようになることが越境学習の1つのメリットと言えます。
 
「両利きの経営」は「知の探索」と「知の深化」を両立させることですが、私の経験では、日本はNGOであっても深化型、つまり改善改良型の組織が多い。そんな中で、越境学習をどうやって探索者やイノベーター育成につなげていくことができるかに関心をもっています。
 
 
石山 その点については、早稲田大学の入山(章栄)先生が面白いことをおっしゃっています。
探索というのは現状の前提から積み上げるよりも跳躍するところがあり、深掘りする深化とは発想が異なるところがあります。
深化する人たちからすると、探索する人たちはチャラチャラして見えて、排除されやすいというわけです。
 
そのため、三越伊勢丹の社長だった大西氏は、チャラチャラした社員たちを重視する組織文化をつくりあげていたそうです※2。
 
跳躍する人が得意とするのは、コーゼーションよりも「セレンディピティ(偶然の発見)」です。
因果推論して積み上げて改善するだけでなく、観察からパッとひらめくような力があるわけです。
そういう人を企業が計画的に育成することはできません。計画的に育成された人が跳躍するとは限らないからです。
 
徳島県上勝町の「葉っぱビジネス」の仕掛け人である横石氏は、寿司屋で飲んでいた時に、若い女性が料理の添え物(つまもの)のもみじをグラスに入れて「この赤いもみじきれい」と盛り上がっていたのを見て、「これは売れるに違いない」と思ったそうです※3。
こんなふうに、普通の人なら見過ごしてしまうようなことからひらめくことができるようなことこそ、エフェクチュエーションの発想であり、セレンディピティです。
 
ですから企業としては、跳躍できる組織文化をつくっていくしかないと思います。
パナソニックで遠心力をつかった家庭用洗濯機を商品化したときは、そのチームのメンバーたちに1年ぐらい仕事をさせずにぶらぶらさせてアイデアを考えさせたそうです※4。
 
また、グーグルの面白いアイデアは「20%ルール」から生まれたと言われています。コーゼーションだけに偏るのではなく、偶然を許すようなことを組織文化の中にどれだけ埋め込めるかが重要ではないかと思います。
 
 
 
 

ルール形成のためにも越境学習が役立つ

 
徳岡 企業がイノベーションを実現する上で、欠かせないのがルール形成です。
どんなにいいアイデアがあっても、ルールを変えることができなければ、それをイノベーションに結びつけて花開かせることはできません。
ルールの世界を知ることも、企業人にとってはある意味で越境だと思いますが、いかがですか?
 
 
藤井 多くの企業は、お客様のニーズをかなえることに多くのエネルギーを注ぎます。
その結果、お客様が何によって規定されているのか、というところまでなかなか目が届きません。
 
そのため、せっかく技術革新をしても使えないということがあります。特に日本では、今の技術水準を前提にしてルールができていますので、それを追い越した技術は、ほぼ違法になってしまいます。
そうならないようにするには、法律を変えなければなりません。
 
それに対して英米では、裁判所が広い裁量を持っており、例えば元々違法だったUberが合法化されていったように、裁判所によってルールがつくられていく柔軟性があります。
日本の場合、これからイノベーションを社会に実装していく際には、今のルールが足かせになることが多々起こってくると思います。
これまでも日本企業は、会社の外に目を向けてこなかったことの代償として、ルール形成で欧米にしてやられてきました。
 
そのため、社会のルールを知り、変えていくルール形成もこれから重要になってくるはずです。
それは会社の外に目を向けるということであり、ルール形成をしていく上でも越境することが重要だと思います。
 
 
石山 おっしゃる通りで、ルールが規定されているから、そのルールの範囲内でゲームをすることを前提に考えるのではなく、ルールの外からメタ的な視点で、ルールそのものを変えられると考える発想が大事です。
越境学習とは、まさにルールそのものも外から見て「変えられるんじゃないか」と考えることです。
 
OECDでは、今まで主体的に何かやることを「オーナーシップ」と呼んでいたんですが、それを「エージェンシー」という言葉で表現するようになっています。「行為主体性」という意味ですが、そこにはゲームのルールづくりまで含めて全部自らがつくりあげるという意味合いが含まれていると思います。
 
たとえば遊びにはゲームとしてのルールが必要ですが、それを他者から強制されても面白くないので、遊びをする人たちが自分たちでルールを決めているのではないでしょうか。子どもの頃は自分たちでルールを決めて遊んでいたはずなのに、大人になると、遊ばずにルールは所与のものとして始める発想になってしまう。
 
越境というのは、まさに遊びや冒険であり、自分たちでルールそのものから決めていく体験でもあると思います。
 
 
 
 

全社員が越境することで組織文化は変わる

 
徳岡 イノベーション人材をつくるために、越境学習をどのように活用すべきだと思われますか。
 
 
石山 社内で新規事業を始める際に、従来の人事評価システムだとイノベーションが起きないから、出島のような場所を用意してイノベーション人材に適したエコシステムをつくろうという考え方があります。

 
そのような考え方も有効ですが、それ以上に、組織文化全体をイノベーターが生まれやすいようなものに変えていく必要があると思います。
もちろん越境することで、全員がイノベーター人材になるとは限りません。とはいえ、一部の人だけを越境させて、そのほかの人たちは越境に関心がないとすれば、会社としてイノベーターの発想を受け入れることはできないでしょう。
 
ですから、全員が越境するくらいの組織文化になることが理想だと思います。少なくとも「越境学習くらい当たり前でしょう」くらいになっていてもいいんじゃないかという気はします。
 
 
徳岡 副業を認めるなど、企業の仕組みもゆるくなってきましたけど、なかなか越境したい人が出てこないというところはあるんでしょうか。
 
 
石山 最近は伝統的な大企業が副業を解禁する事例も出てきています。ただ、仮に会社が副業を推奨しても、実際に副業をする社員はまだ一部のようです。副業が本当の選択肢になるには、いくつか仕掛けが必要でしょう。副業をするかしないかは個人の自由なので、全ての社員が副業すべきとは思いませんが、1つの選択肢として「こんなことができますよ」というような提示をして、もう少し背中を押してあげるといいのかなと思います。
 
 
徳岡 私たちは「イノベーターシッププログラム」という異業種交流型の越境学習プログラムを提供しているんですが、今年になって応募者がすごく増えたんです。
ですので、企業も少し気づき始めてきたのかなと感じています。
 
 
藤井 石山先生の「全員越境」論は私も大賛成です。企業研修をすると、最後に参加者が社長や重役の前で発表しますよね。
その時に「我が社はイノベーティブではないので、まず文化を変えるべきだ」という声をよく聞きます。
 
「文化を変えなければイノベーションは起こらない」のは間違いではないんですが、「文化が変わるまで私たちは何もできません」という言い訳にも聞こえるんですよね。それに、実際に文化が変わったかどうかは、どんなパラメーターでわかるのか。どこかの瞬間でガラッと変わるわけでもありません。
 
それならば、一層のこと、思い切って全員に2カ月くらい越境させて、普段見ないものを見せてはどうかと思います。全員に複数の視点をもってもらい、「わが社の発想がユニバーサルなノーム(基準、規範)ではないんだ」ということに気づかせるのです。
 
文化は根深いものですから、一人ひとりに衝撃を与えなければ変わりません。越境学習は、そういうショック療法のようなものでなければならないと思っています。
 
マーケティングの授業を受けても、スキルは向上してもショックは受けません。
「こんな世界があったんだ!」「こんな考え方があったんだ!」というショックを与えられるようなプログラムを提供していきたいと考えています。
 
 
徳岡 越境学習としてのイノベーターシッププログラムを通じて、普段見えていない世界がたくさんあることを、楽しみながら気づいてほしいですね。
 
 

1.サラス・サラスバシー(著)加護野忠男(監訳)高瀬進/吉田満梨(訳)(2015)『エフェクチュエーション』中央経済社
2.入山章栄(2019)『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社
3.横石知二(2007)『そうだ葉っぱを売ろう!』ソフトバンククリエイティブ
4.宮永博史(2009)『理系の企画力!』祥伝社