2023.10.04

幸せな人生のためのヒント ~生涯発達心理学への誘い

年齢を重ねると、若いときには苦も無くできた暗記や徹夜仕事はとてもできなくなり、
知力・体力ともに衰えたなぁと思ってしまうこともあるのではないでしょうか。
でも本当に、人間は年を取ると衰えるばかりでしょうか?
 
 
ここでは、人間が生涯発達する存在であることを研究した、
2人の心理学者の考えを紹介したいと思います。

 
 
1 高齢期でも伸ばすことのできる「結晶性知能」

 
 
イギリスの心理学者のレイモンド・キャッテルは、人の知能を、「流動性知能」と「結晶性知能」に分類しています。
「流動性知能」とは、例えば暗記力・計算力・直観力などで、新しい情報や環境に適応し、
それをスピーディーに処理・加工・操作する知能のことです。
ピークは成人初期でその後は徐々に下降していくと言われています。
 
 

一方「結晶性知能」は、洞察力、理解力、批判や創造の能力など言語力をベースにした能力であり、
仕事でいえば、長年積み重ねた業務のノウハウ、専門的技能や知識、
コミュニケーションなど過去に得た経験が土台になる知能のことを言います。
 
 
この知能は生涯にわたって増加し、65歳くらいまでは一定しており、
高齢期も衰えは少なく、むしろ伸ばすことができる能力とされています。
 
 
つまり、長い人生でいろいろな経験をすることで、
人間は生涯「結晶性知能」という能力を発達させることができるというわけです。
 
 

具体的に、結晶性知能がどんな場面で役立つでしょうか。
 
 

例えば、今、世の中は、高齢化社会でのキャリア自律を見据え、
ミドルシニア層の「リスキリング(学び直し)」が注目を浴びています。
 
 
新しい分野を学ぶスピードは、確かに「流動性知能」が優位の若者のほうが得意かもしれません。

 
 
しかし、リスキリングで最も大切なのは、「何を学ぶか」以前に、「何のためにそれを学ぶのか」をしっかり自覚し、
学んだことを既存の業務や今後の社会に生かしていく方向性を見据える洞察力であり、
このような力は様々な経験を通じてミドルシニアが培ってきた「結晶性知能」の賜物なのです。
(リスキリングについては弊社CEO徳岡晃一郎の著書「リスキリング超入門」もご参照下さい。)
 
 
2 幸せな年の重ね方を指南する「選択的最適化補償理論」
 
 

さて、そうはいっても、衰退していく部分もある人間である私たちは、
どうしたら幸せに年を取っていけるでしょうか。
 
 
ドイツの心理学者ポール・バルテスは、年齢を重ねることで衰える身体的資源や認知資源を効率よく利用しながら、
年齢に応じた目標を達成することで、幸福な人生を送ることができると考え、
そのための一連の過程を
 
 
①目標の選択(Selection)
②資源の最適化(Optimization)
③補償(Compensation)
 
 
という3つの要素に分けました。
(選択的最適化補償理論=SOC理論)
 
 

バルテス自らがインタビューを行なったポーランドの世界的ピアニスト、
ルービンシュタインの例で説明しましょう。
 
 
ルービンシュタインは89歳まで現役ピアニストとして活躍したことで有名です。
その秘訣をバルテスに問われ、
 
 

① 加齢による衰えを自覚し、演奏する曲数を減らした(目標の選択)
② 絞った曲のみを集中して徹底的に練習するようにした(資源の最適化)
③ テンポの速さに筋力が追い付かない場合は、テンポを変化させて弾くことで、衰えに気づかれないようにした(補償)
と答えたということです。
 
 

その結果、彼は自分自身のモチベーションを維持しながら、
観客にも深い感動を与える素晴らしいピアニストとして、生涯を全うしたといえます。

 
 
これらは私たちにもすぐに応用することができます。
 
 

例えば、以前に比べて体力がなくなり、思うようにゴルフのスコアが上がらず落ち込む、という場合、
①目標スコアをさげたり、とにかく仲間とプレーを楽しむことを目標にする(補償)②けが予防や筋力アップのためのトレーニングをする、
気のおけない仲間とのプレーを自らアレンジする(資源の最適化)③レッスンプロに習ってみる(補償)、というように、
SOC理論をあてはめてみることで、ゴルフの楽しさを思い出すことができるかもしれません。
 
 

私たちは、失うものに目を向けがちですが、人生を通じて伸ばすことができる能力があることや、
新たな目標を達成することで得られる充実感ややりがいに注目することで、
自分らしい幸せな人生を、地道に構築することができるのです。
 
 

吉崎 奈緒子 

吉崎 奈緒子 

シニアコンサルタント

大手金融機関にてシステム開発プロジェクトなどに従事したのち、米国コロンビア大学教育大学院にて心理学を専攻し修士号取得。帰国後、企業における従業員へのメンタルヘルス関連講師や就労支援機関のキャリアカウンセラーを務めたほか、変化の激しいネットアパレル企業での人事・広報等に携わる。国家資格キャリアコンサルタント、産業カウンセラー、ポジティブサイコロジースクールExecutive Diploma in Positive Psychology and Coaching 、2級ファイナンシャルプランニング技能士