2023.04.03

心理的安全性とLQ(Love Quotient)リーダー PARTⅡ

  
 
本記事は以下「心理的安全性とLQ(Love Quotient)リーダー PARTⅠ」の続きです。
 

 
  
 
この様なリーダーのロールモデルとして私が注目したのが、
ソニーグループの元社長兼CEOの平井一夫氏です。
  
 
2002年~2013年にかけて深刻な株価の低迷に直面し、
メディアのニュースでも連日ネガティブな報道がなされた危機的な状況にあったソニー。
 
  
そのソニーを再生させた平井氏は、緊迫した当時を振り返り※3、
当時は世間からも「最近ソニーらしい良い製品がずっと出てきませんよね」
と言われてしまう始末。
 
 
当時平井氏と現場のミドル社員との対話からは、
「入社してみれば、新規事業のアイデアを提案してみても
『今は既存事業で忙しくそれどころじゃない』と言われてばかり。
イノベーションの気風なんてどこにも感じられません」
という厳しい意見が出され、
 

「社員たちはこんなにも問題意識を持っているにもかかわらず、
それに対して会社は何の答えも出せていなかった。
そうしているうちに、いったい何人の優秀な社員がモチベーションを失い、離職してしまったのか」
と考えた末、
 
「社員たちの素晴らしいアイデアを事業として実現できるようなスキームを社内につくることが、
私の社長としての使命だと思うようになりました。」との使命感を強く持ちます。
  
 
具体的に、平井氏は、既存の事業部には属させず社長直轄のTS事業準備室、
また社内に眠る新規事業の種(シード)を掘り起こして
事業化を目指そうという取り組みSAP(シード・アクセラレーション・プログラム)を立ち上げます。
 
これが犬型ロボット「AIBO」の復活、
EV(電気自動車)試作車の挑戦等、ソニーらしさの復活につながります。
 
 
 
 彼の著書に、その平井氏がこの使命感に至った背景を探すと、
「異見を募りそれを取り入れていく」という経営哲学にあたります。
  
  
平井氏は以下のように述べます。
「『知ったかぶりをしない』という私のリーダーとしての哲学は
思えば彼らの様な異分野のプロとの出会いから形成されたのかもしれない。」
「どんなに優秀な人でも、あるビジネスのすべてを知り尽くすことなど不可能だ。
たとえ何らかの分野に精通している人でも、思いもしなかった新しい発想が、
他の人の発言をヒントに浮かんでくるということは往々にしてあるのではないだろうか。」
  
  
このリーダーとしての思いが、眠るシードを掘り起こす、
異見を述べることを奨励する環境、
つまり心理的安全性の構築に至った
のだと思わされます。
  
 
 
 平井氏に見られる、いわゆる、知ったかぶりをせず、
また異見を尊重するリーダーをどの様に選び出し、見出すことができるのでしょうか。

平井氏は経営チームを構築するのに人に対するリスペクト、
また人からのリスペクトを大事にし、
さらにIQ(知能指数)ではなく、EQ(心の知能指数)※4を、リーダーを選ぶ基準にしたといいます。
  
  
「『経営者はEQ(心の知能指数)が高い人間であれ』と自分自身に常々言い聞かせている。」
「リーダーは部下の『票』を勝ち取らねばならない。」
「私はよく『肩書で仕事をするな』と言う。」
といった平井氏の著書に出てくる表現に、
人への理解を優先し、多様性ある組織の中で異見の尊重する感度、
心の知能指数を大切にする姿勢がよく表れていると思います。
  
「これは決して精神論ではない。
リーダーがどう振舞うかで、成果が全く違うものになってしまうのだから、
結果を出すために必要なことなのだ。」と
EQを持ったリーダーの存在が結果を生む一つの要因であることに言及します。

  
 
 
 私は、心理的安全性を生み出すリーダーのコンピテンシー(行動特性・思考特性)の基準として、
敢えてここで一歩進んでLQ(Love Quotient)の必要を提起したい
と思います。
 
 
リーダーの受動的な状態や待ちの状態では「心理的安全性」は構築されず、
EQの感性からさらに一歩進み、
また補完する意味でもリーダーからのより具体的で積極的な働きかけの必要を感じるからです。
  
 
ここではLQを組織の心理的安全性を生み出すための、
愛と自己犠牲や利他的精神の指数と定義したく思います

一般的に、多くのリーダーは、自分の立場を危うくすることは避ける傾向にあります。
そのような行為は、自らの道徳的、感情的、知的な許容範囲を超えるからです。
そのため、イノベーションを起こすことや組織的に高いレベルの
心理的安全性を生み出すことの困難に直面することがあります。
  
 
他方、イノベーションを起こすためにはこの困難を乗り越える能動的な行動が必要なようです。
前述のティモシー・クラーク氏は、著書の中でこう述べます。
 
「現状に満足し、権力や地位に固執する傾向の強いリーダーは
『挑戦者的安全性』生み出すことができない。
チェスの達人ガルリ・ガスパロフが言うように『ゲームを爆発させる勇気がない』からだ。
弱さを受け入れられず、個人的な利益を犠牲にできず、
エゴの欲求を抑えることのできない人はリーダーに適していない。」
  
 
 
 イノベーションにおける心理的安全性の必要を考えた際に、
LQの要素に含まれる点として、特に愛と自己犠牲や利他的精神の指数の必要
を考えます。
そこにはイノベーションの目標を短期的な成長戦略に制約しない、
共通善に向き合い未来社会の創造に思いを馳せ、
視座を高める原動力にもつながりそうです。
  
 

LQの要素をリーダーとしてどう習得していくかについて、
私の場合は、マザーテレサ※5やシュバイツアー※6をはじめ、
利他的で積極的な多数の偉人を生んだ、
愛の宗教と言われるキリスト教の聖書に参考を求めてみました。
 
 
特に愛の章と呼ばれる、コリント人への手紙第一13章では、
使徒パウロがコリント人の教会にすべての賜物(才能)の上に愛が加わるべきだとして、
愛を次のように伝えます。
  
 
 
「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、苛立たず、人のした悪を心に留めず、
不正を喜ばずに、真理を喜びます。すべてを耐え、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐え
忍びます。愛は決して絶えることがありません。(中略)こういうわけでいつまでも残るのは信仰
と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。」

 
  
 
この文章の「愛」を「私」と読み替えて、
LQリーダーの必要要素とすると、かなりハードルが高く、
またビジネスの世界に実際に適用できるかとの質問が起こりそうです。
 
 
ただ前述の平井氏の「これは決して精神論ではない。
リーダーがどう振舞うかで、成果が全く違うものになってしまうのだから、
結果を出すために必要なことなのだ。」
という異見を受け入れる姿勢は、ソニー再生の実績から考えれば、
具体的に必要なリーダーシップの要素だからこそ、ここでいう「愛」の要素は、
特にLQリーダーを目指すリーダーが参照でき、少なくとも自らを内省できる、一つの良き基準
になるかもしれません。
  
 
 
社員が安心して現状に挑戦できる場である、
イノベーションを起こすために必要な「心理的安全性」のある組織や文化の醸成をするためには、
まずはリーダーが、またリーダーに留まらず、
そこに参加するメンバーの一人一人が、能動的な愛の行動
をとることにそのヒントがありそうです。
(終わり)
  
 
 

※1 クレイトン・クリステンセン著「イノベーションのDNA」第10章理念
※2 ティモシー・R・クラーク著「4段階で実現する心理的安全性」
※3 平井一夫著「ソニー再生」
※4 EQとは「Emotional Intelligence Quotient」の略で、
1990年に米国の心理学者ピーター・サロベイ氏とジョン・メイヤー氏により研究された理論です。
EQという言葉そのものはケイズ・ビーズリー氏の論文のなかで初めて登場しています。
日本語では「心の知能指数」と意訳され、仕事や人間関係において「感情をうまく管理し、利用する能力」であるとされています。
※5 マザーテレサ 1910年スコピア(現マケドニア)のカトリック教徒家庭の子供として生まれる。
カトリックの修道女としてインドの修練院に送られた後、カルカッタにあるカトリック系の学校で教師としての生活を送る。
36歳のとき、黙想のためダージリンへ向かう汽車の車中で「神の召命」を受け、修道会を出て貧しい人々の中に入ることを決意する。
以後、貧民街に学校を建てたのを最初に、路上で死にそうになっている人を連れてきて、
最期をみとるための施設「死を待つ人々の家」の開設や、
孤児のための施設「聖なる子供の家」を開設するなど、貧しい人々のために愛をささげた。
※6 「アルベルト・シュバイツァー(Albert Schweitzer、1875年~1965年)」は、
現フランス領であるアルザス地方出身のドイツ人。30歳以降は「医療」と「伝道」(宗教普及)のために尽力することを決意し、
人生を歩む。38歳で医学博士を取得し、1913年アフリカのガボンにて医療活動に従事。
その医療活動の功績や平和活動が称えられ、1952年度にはノーベル平和賞を受賞。

中島隆治 

中島隆治 

ライフシフトSVP

NEC/NECエレクトロニクスにて半導体製品の海外営業に従事。欧州販売会社に駐在後、グローバル人事にキャリアシフト。ルネサスエレクトロニクスにて海外幹部人事・研修、構造改革を担当。英国大手広告会社WPP/カンタージャパンにて日本・韓国拠点のHRディレクター、大手医療機器・サービス会社PHCホールディングス株式会社にて人事部長、CHRO/CAOを歴任。イノベーション・リーダー育成プログラムの導入、数々のグローバルM&A、東証プライム市場上場を人事の立場でリード。